1991年 ASPワールドツアー 宮崎プロサーフィン世界選手権

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ASPワールドツアー91 の中で9戦目、宮崎プロのデビューはセンセーショナルだった

2つの台風が近海を通ったため記録的なビッグウェイブに恵まれたコンテストになったからだ

日本は波が小さいと言う外人選手たちのイメージをあっさり破り、MIYAZAKIの名を

世界中に知らしめたのである

波ばかりでなく、観客の多さにも外人サーファーは絶賛!

台風は話題となったポスターの風神雷神のせいもあったのかは謎であるが・・・・

コンテスト優勝者はオールトラリアのダミアン・ハードマン

彼はそのままレーティングを守りワールドチャンピオンのタイトルも手にした

トムカレンが1本も乗れずに本線で敗退したが、内海のビッグウェーブを見つけ始めて乗り、サーファー誌で

カレンズポイントと名前が付いたことも話題であった

私にとっても熱情をぶつけた渾身のイベントでもあっただけに、感慨もひとしおであった

宮崎県のイベント推進局の皆さん本当にお世話になりました

社員全員総出で行った事業と言うことでも一体感ができたイベントであったと思う

この大会の直後、自分の3歳になる直前の長男を病気で亡くしてしまったことが

大きな痛みの思い出となってる

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